海外に住んでいても消えることのない「愛国心」

日本人ですか?

長野県飯山市のスキー場でレストハウスのオバちゃんに聞かれた。一緒にいたメンバーがシンガポール人だったからだろうか。ハイ、そうです。と答えて、出来上がった味噌ラーメンを受け取った。

この「私は◯◯人です」と語る時、自分は都合の良いお調子者だと思う。

満員電車や残業を我慢して働き続け、将来返ってくるかわからないローンを払い続ける国民。ウンタ〜ラカンタ〜ラ。自分含め海外在住の日本人あるあるかもしれないけれど、「日本人は」といった枕詞で日本全体をアレコレ中傷することは簡単である。日本在住ではなくなると、日本で起こっている全てのことに関してある程度「他人事」でいられるから。勝手に、時に無責任に、日本代表を買って出る。

でもそのくせ、話の流れによっては「いやいや、私はフツーの”THE 日本人”ってわけではないので」と祖国代表を降りることもできるのだ。だって海外に出てきちゃったんだから。

「フツーの日本人」と「フツーじゃない日本人」。

そんな線引きがあるかはわからないけど、このどっちの立場にも化けることのできるズルさこそ、海外在住の特権であった。

君は一体、どっちなんだい?

そんな意地悪なことも聞かれない。

だって海外に出たら、現地の人から見た私は単なる「外国人」なんだもん。観光客や他の外国人からしても同じ。ガイコクジン。その国への責任が問われる一員から、訪問者の一人と化すのだ。

どこの馬の骨か知らぬ外国人のことなんか、良くも悪くも、皆んなそれほど気に留めたりしない。だから現地社会からは、行きつけの居酒屋の亭主と客みたいに、コミュニティには属しつつも余計な干渉をしない一定の距離を保つことができる。それが心地良くて、海外生活は癖になってしまう。

愛着のあるものを好きと言われたら嬉しい

とは言え日本に帰国してから3ヶ月。シンガポールで暮らしていた時よりも「当事者意識」なるものが出てきたっぽい。日本を、お尋ね者目線で捉えることが少なくなった。

今はシンガポールからやってきた友人らとスキー合宿に来ている。雪なんて中学生ぶりだけれど、ただの観光気分というよりは、きちんと地に足つけて自分の国を楽しんでいる感覚だ。

快晴・風なしに加え、前日の積雪によって見事なパウダー雪♪

雪自体が初体験なシンガポール人の友人含めて「日本イイね〜」なんて語り合ってた。滑り終わったら温泉。日本酒。焼き鳥。しかもどれも安い。あー最高だ。

その友人には熱すぎないかなと心配していた温泉もお気に召したらしく、温泉タオル首から下げて一人で浸かりに行ったりしていた。自分に馴染みのあるものを気に入ってくれると、温かな気持ちになるものである。

自殺率が高いし、満員電車には息がつまるし、常識という協調圧力の蔓延った祖国ニッポン。

だけど、祖国を良く言われるのは嫌いじゃない。むしろ日本を褒められることは嬉しいこと。スキー合宿に参加した日本人(海外生活7年)も、日本についてポジティブな話題になると、満更でもなさそうな表情でビールを煽っていた。

だって、日本好きだもんな(=・ω・=)

そうした時に、自分の中に「愛国心」を認めざるを得ないのだ。

「悪く言われたら嫌だ」という拒否反応、あるいは「他人に良く思ってほしい」という承認欲求。

自分の生まれた国に対してそういった心理を認めることが、「愛国心」なのかもしれないと思った。

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