たった一人の自分が国家を「代表」してしまう危険について

旅をするときは「その土地でしか知ることのできないことには貪欲になる」という自前のルールがある。

具体的には、本屋さんに立ち寄ったり、現地の新聞を手に取ったりして、どんなトピックが話題になってるのか調べてみる。均一化された国際都市においては「飲食はチェーン店NG」という変なこだわりもある。大手F&B企業の製品は安心できるから、途上国でお腹を壊してるときは入るけど、「スタバ」とか「マック」にはあまり入らない。

ちょうど6年前、初めてイギリス旅行をしたときもそうだった。大学1年生で、海外留学の「か」の時も考えていなかった頃だ。

そのときは、ケンブリッジに留学をしていた友人を訪ねるために、ロンドンのPiccadilly Circusという繁華街のレトロなカフェで時間を潰していた。

おひとりさま同士の不思議な出会い

日本人ってこんなに大人しいと思わなかったわ!

昔、そのカフェで知り合ったロシア人に言われた言葉がある。

バービー人形のリアル版みたいだった。港区あたりを闊歩すれば、速攻で芸能界へのスカウト間違いなしであろう「美貌」と「スタイル」を兼ね備えている子だった。

「Noチェーン店」のこだわりから入店した、明日にでも潰れてしまいそうな客足の薄い路地裏カフェ。そこへ、カランコロンというカウベル音と共に入店してきたのが、彼女だった。道ゆく人が見えるガラス窓沿いの席に座っていた私を一瞥すると、唐突に話しかけてきたのだ。

ねぇ、ちょっと聞いてもいい?

サファイアみたいな青い目が、こちらを凝視している。すごい迫力。何だこの人。

咄嗟に「いいよ」と返答した。というより、相手が同年代の女子だったのと、慣れない英語で急に話しかけられたもんだから、反射的に受け入れてしまったんだ。

ロンドン観光に来たんだけど、友だちとの待ち合わせまで数時間持て余している。もう1週間ほど滞在しているので市内は「行き尽くしちゃった」けど、あなた観光客みたいだからオススメとか教えてくれるかと思って。そんな内容だった。

観光客っていうのはアタリだけど、私は仮にも赤の他人だ。

す、すごい積極的だな。

外国人からの声掛けに、しばらく塩をかけられたナメクジみたいに萎縮してしまった。それでも陽気でハツラツとした彼女のテンションを借り受けて、いつの間にかガイドブック(日本語だったけど)を広げながらアイディアを捻り出していた。その年はエリザベス女王の即位60周年記念で国全体が「お祝いモード」全開。見所は枚挙に暇がなかった。特別公開されていたバッキンガム宮殿で、キャサリン妃の着たウェディングドレスを目にし、そのフォルムの細さに絶叫したというエピソードも、稚拙な英語でなんとか言葉にした。

そんなこんなで、気がつけばスッカリ打ち解けてしまい。

てっきり通行人に道を尋ねる程度のやり取りかと思いきや、全くの見当違い。彼女は徐々に前のめりになって、ついに同じテーブルの椅子に座って対峙してきた。

これは、長丁場になりそうな予感(=・ω・=;)

私も、相手も、おひとりさま。最初は隣のテーブル同士、同じ方角を向いてコーヒーを飲んでいたのに、いつのまにか2人の空間が出来上がっていた。

誰でも祖国の「代表」になるかもしれない

白い小さな前掛けをしたウェイターさんが、私たちの底の見えかけたコーヒーカップを見つけてオカワリを尋ねる。私が右手を挙げて断ると、彼女は物珍しそうにその動作を見つめた。

「そういえば」右腕を引っ込める。今更だけど、出身地を聞いていなかった。どこから来たの?

聞けば彼女の出身はモスクワだった。大きな目、高い鼻、凛々しい眉。ロシアは美人揃いって言うよね、この美貌に納得!美しい彼女はモスクワってロシアの右左どっちなの?という私のトンチンカンな質問にも「左よ。ウクライナが近いわ」と快く答えてくれた。

続けて「モスクワってどんなところ?」と尋ねると、慣れない英語で「Outside very very cold, but inside people heart very very warm(外はとっても寒いけど、人びとの心はとってもあったかいところよ)」と言って微笑んだ。その時の彼女の表情は今でも忘れない。耳の両側から伸びている、胸元まで伸びた金色の三つ編みが揺れていた。

あなたは、どこから来たの?

お決まりのセリフも、彼女が発するとオシャレなフランス語か何かに聞こえ的た。

日本だよ。

…。

一瞬の沈黙が流れた。

両手で空になった花柄のカップを覆いながら、「Tokyo」と付け加えようとした瞬間。彼女は、ただでさえ大きなガラス玉みたいな目を、更に大きく見開いた。そして「O」の字になった薄い唇から、ワントーン高い声が飛び出した。

えっ、日本人?!どうしてそんなに大人しいの?

…はい?

この時、彼女が使った「quiet」という単語を「大人しい」という直訳して良いかわからないけど、とにかく不思議な反応で戸惑ってしまった。観光名所を聞かれて、2人の会話の半分以上喋っていたのは、確実に私の方だ。「大人しい」と指摘されても、その自覚がなかった。もしかして、ロシア人女子のスタンダードではもっとマシンガントークを求められてるのだろうか?

ビー玉みたいな両目に見据えられながら、何とか聞き返しの言葉を口にした。何で、大人しいって思うの?

その理由は、すぐ明らかになった。

どうやら私は、彼女が「生で出会った日本人第一号」らしかった。

今まで彼女が知り得た「日本人」は漫画やテレビというメディアを介した像であって、何の媒体を見たのか知らないけれど、彼らは飛んで跳ねて騒ぎ立て、とにかく煩いという。だから日本人はもっと野蛮な人種だと思っていたと、整ったロボットみたいな顔立ちで語った。そして一転、美しい笑顔になり、元気よく言った。

日本のこと「嫌い」だったけど、あなたのおかげで「好き」になったかも。ありがとう!

そうだったのか。それは、誤解の払拭ができて光栄…。

だけど。

この経験は何年経った今でも、海外経験の原点として幾度となくフラッシュバックする。

そうか、いつでも、 自分という存在がその人から見る「日本人」の鏡になるかもしれないのか。と。

いつでも、誰かが抱いている夢の具現者になるかもしれない。世界を取り巻く懸案事項の解決者にも、下手すれば加担者にだって。たかが1.2億分の1の存在でも、とんでもない大衆の先入観を植え付けてしまうのだ。

6年前は「海の向こうの世界」であった海外がずっと身近に感じられるようになった今、反日感情とか、反中デモとか、一人ひとりの暮らしを十把一絡げにして国全体を敵視するような発言にも敏感になってしまった。ケータイ一つあれば、繋がれない国なんてほぼ皆無のネット時代だ。そうした時に、国を「代表」する誰か一人の言動は、あまりにも重い。

日本という自分の生まれ育った環境にいると、「自分が日本人として周りからどう見られているか」を意識する機会は少ない。

だけど、いつどこで自分の存在が祖国を「代表」してしまう可能性を、改めて忘れずにいようと思った。


トップへ戻る
タイトルとURLをコピーしました