「私は何人でもない」国籍と自己アイデンティティの不一致を抱える友人の話

「ママにはね、お酒なんて絶対飲めな〜いって言ってるの。だから今日も飲まなかったことにしてね♡」

そう言ってジン・トニックのグラスを嬉しそうに撫でているのは、インド人の元同僚プリーシャ(22)である。

シンガポールには女子だけで出掛けると飲食代が安くなる「レディースナイト」なるものがあり、その日は酒豪の彼女がモヒートを2杯、テキーラ・サンライズを1杯終えたところだった。下戸の私はモヒート一杯でベロンベロンだというのに…。

プリーシャはインド北西部の「プンジャブ」という、バングラディシュとの国境(くにざかい)にある農村で生まれた。ヒンドゥー語で「愛されるもの」という意味を持つ名前は、可愛い我が娘を慈しむ彼女の両親の願いをそのまま反映したものらしいが、彼女を最も愛しているのは彼女自身じゃないかと誰もが首を傾げてしまうほどに、本人は野心家かつ自信家だった。

特に、恋愛に関しては。

なんせ経験値が多いので「ただの耳年増」ではなく良くも悪くも「師匠」に近い存在なのである。私は時に彼女を「ハンター」と呼んだ。その日も小さな顔に不釣り合いなほど大きな黒目でキョロキョロさせ、「あの人はキュート」とか「あいつとは天地がひっくり返っても恋をしない」などバーカウンターを行き交う男性陣を品定めしている。

意外と戦略的なシンガポールの恋愛事情

かつて「人種のるつぼ」と謳われたニューヨークと同じように、シンガポールに滞在している人々の国籍や文化的背景も実に多岐にわたる。中華系・マレー系・インド系などなど…仕事やプライベートの人間関係において、国籍や年齢という垣根を越えて多様な人材が混在しているのはシンガポールの揺るぎない魅力の一つだ。だからシンガポールで働く前は、きっと今流行りの「国際結婚いぇーい!」なイケイケ人間たちが巣食ってるのかと思っていたんだけど。

恋愛ごとに関しては、意外と現実的な面があるのかもしれない。

というのも、これだけ多くの文化が共存している社会なのに、同じ文化背景を持つ者同士が最終的にゴールインする確率の方が、そうでない場合と比較して圧倒的に多いのだ。

中華系とインド系のカップルは「Chinese」と「Indian」の最初を文字って「Chindian(チンディアン)」と呼ばれていたりするんだけど、そういった組み合わせはレア中のレア。大抵は同じ出身地や文化背景同士でペアになる。そしてそれは「たまたま好きになった人が同じ国籍だった」という偶然性を孕むものではなく、もう少し戦略的な風潮が伺えるのである。

なぜなら。

当地で生まれ育っていない人、少なくともプリーシャのような奨学金授与者や、私のような外国人労働者にとって、シンガポールは「一時的な滞在場所」でしかない。「いずれは国を去る」という人生計画が、半ば確定している。そのため一生の伴侶を見つけるにしても、やはり自分と出所の同じパートナーを好む傾向にあるようだった。中華系インドネシア人は、同じく中華系インドネシア人の恋人を好んだし、大学からシンガポールにやってきた韓国人の仕事仲間も「母国にいる家族と良い関係を築いて欲しいから、言語や文化を知っている韓国人しか考えられない」という筋を通していた。

シンガポールは個人の生活様式や文化が多様でも、こうした点は割と現実的なのかもしれない。

ところが。

その方程式に反しているのが、プリーシャだった。

インド人である彼女は恋多き乙女だけど、私の知る限りパートナーは皆んな非アジア人だった。元カレはアルゼンチン人だし、その前はトルコ系難民のイギリス人。今熱中しているのは「ライアン・ゴスリン似(プリーシャ談)」のアメリカ人である。いずれも「彫りの深い顔のゴリマッチョ」というのが共通点。というか彼女の趣味だ。

でも、ひとたび人生その先の話になると、おかしなことに「結婚するなら絶対にインド人がいい」と変に固執し始めるんだ。

えっ、欧米人好きなんじゃないの?私は少々混乱した。

インド国外生活が長く、もはやヒンドゥー語もろくに話せないような彼女だ。

一体、何故そこにこだわるのだろう?

行方不明になってしまった帰属すべき自文化

そこでキーとなるのが、プリーシャの出身背景である。

彼女は普通の「インド人」とは少し事情が違った。

パキスタン系移民を祖先にもつ母親の出身村、プンジャブ。そこでプリーシャが生まれてすぐ、彼女が喃語を喋り出したくらいの頃に、父親の出稼ぎのため一家でタイに総移住したのだ。小学校から高校までをバンコクのインターナショナルスクールで過ごし、大学の学士は「就労条件つき」の奨学金をもらってシンガポールで納めた。パスポートの発行場所、つまり彼女の書類上の国籍であるインドには、生まれてから数年も滞在したことがない。家庭内言語であるヒンドゥー語は多少理解できるものの、本人曰く「中学生の頃から本を読むのも、ラジオを聴くのも、考えるときも全て英語」で行うようになり、かつて母語であったヒンドゥー語は、片言しか話せないタイ語と大差ないレベルまで遠い存在になってしまったという。以前、WhatsAppの家族グループチャットを見せてもらったけど、会話の大半は英語だった。

家族構成は、教育機関勤めの父親、ヨガインストラクターの母親、シンガポールのIT企業でエンジニアをしている兄、そしてプリーシャ自身の4人。親戚一同の中でも若年にあたる彼女は、両親・親戚から「グラ」という愛称で呼ばれていた。ヒンディー語で「砂糖」という意味だそうだ。

厳格なヒンドゥー教徒である両親からは「お酒は厳禁」というルールが決められているんだけど、サクシ本人はその掟をなんの躊躇もなく破っている。でも私たち2人がバーで飲んでいるときに限って、まるで探偵でも雇っているかのような絶妙なタイミングでプリーシャのママからWhatsAppのメッセージが飛んで来るのだ。

「ねぇグラ、あなた今、何か悪さをしてるわけじゃないわよね?」

その度にケータイ画面のやりとりを私に見せて、ウヒっと口角を上げる悪い笑顔は嫌いじゃない。

大学生の頃は「ディベート」と「クリエイティブ・ライティング」のクラスで学年トップの座に輝いたこともあり、英語で理路整然と相手を論破するのは彼女の特技だった。

例えば一緒に食事をしているときに満腹になってしまうと最初は

「無理して食べなくていいのよ」

と優しい気遣いをしてくれるのだが、

「でももったいないから、もう少し頑張るよ。食べたくても食べられない人がいるんだし」

とこちらが付け加えようものなら、

「え、じゃあ今すぐ目の前のお皿引っ掴んでアフリカまで飛んでくってわけ?そんなことできないでしょ?食べれば胃袋行き、食べなくてもゴミ箱行き。貧困層を救うとか関係なくない?」

と一挙に正論をまくし立て、しばしば私を怯ませるのだった。インド人は目力が恐ろしく強い分、迫力も増す。

この他にも理詰めで猛突進してくることが目立つこのお嬢さま。ご家族に対しても同じ対応なのだろうか。

「ママにさ、言い方キツいね〜って言われない?」

さりげなく問いかけると、

「ハハハ、言われるわ!ママとお兄ちゃんは感情的、パパと私は論理的。喧嘩しても、いつも平行線なの。最終的には私が勝ってるけどね」

と、これまた強気な返答で滅多斬りされた。自覚はあるが直す気はないらしい。

そんな気がハッキリしている彼女には、恋愛事情以外にもう一つ、熱血に話し込むトピックがあった。

自己アイデンティティ」である。

酔うと大抵、帰属意識や共同体の話を繰り広げるんだ。

この日も例外ではなかった。

「私はどこの国にも属してると思わないわ。フリーなの、フリー!」

若干充血した目で宙を見つめながら、聖典でも読み上げるかのように繰り返している。

アイムフリー。私は何人でもない。国籍なんかに囚われない。果たしてそうなのか?

私はふと、かつてドイツで出会った友人、バウターのことを思い出した。彼はオランダとフランスのハーフだった。FIFAワールドカップの盛り上がりがメディアで盛んに取り上げられていた当時、オランダ対フランスのフットボール親善試合があって一緒に観戦しに行ったんだ。コーラ片手に「バウターはどっちのチームを応援するの?」と問う私に「どっちも <and> じゃダメなのかなぁ?僕にとっては両方とも僕なんだ。皆んな <or> と聞くんだけど、どちらか一つなんて選べないよ」と諭したのだ。だからもしかしたら、サクシの中でも「インド」と「タイ」と「シンガポール」の3国が共存しているかもしれない。そんな期待を込めて尋ねたのだが、返答は意外なものだった。

ALLじゃなくてNONEだわ。私はインド人だけど実際インドに住んでた記憶なんてないし。タイではインター校通いだったから友だちも欧米人ばかり。タイ語もそんなに話せない。シンガポールに来たのは大学からだから、全然心落ち着く場所じゃないしね。」

そっか。

それでも何か言いたげな私の表情を察したのか、プリーシャは続けて言った。

「あのさ、仕事で受け取る全てのメールの件名に『URGENT』って書いてあったら、どれを一番優先する?」

な、なんだ。

「全部『URGENT』だったら、全部『NON-URGENT』であるのと一緒だし」

「そう。そういうことよ」

あぁ。またお得意の理詰めでゴリ押しされた。私はそれ以上は言い返すことができなかった。

インド人文化を意識させる両親の存在

私はどこの国にも属していない。

プリーシャはそう口にするが、私には未だにどうしても引っかかっていることがある。

というのも、彼女の帰属意識が、彼女の両親の出身地であるインド文化に起因しているのは間違いなかったのだ。

なぜならインドという国は彼女の会話の端々に、いつでも比較対象あるいは参照として登場する。

以前、参加者200人規模を超えるシンガポール人上司の結婚式で驚愕したときは「インドでは」と親戚一同が500人も集結したウェディング事情を教えてくれたし、好きなファッションの話題で彼女が真っ先に挙げるのも、ラインが美しいインドの「スーツ」だ。シンガポールのリトルインディア街を散歩して私がサリーに見惚れたときには、頬がポッと高揚した柔らかな表情で、巻き方や用途を説明してくれた。ボリウッドの芸能事情にも詳しい。更にシンガポールの屋台ホーカーに行っても、彼女が頼むのは99%、香料がたっぷり入ったインドカレーなのである。だから、彼女がいかにインド文化を拒絶しようとも、アイデンティティの多くを占めていることは疑いようがない。

その昔、インドで働こうとは思わないのか問うと、光の速さで「NO」と返ってきた。まず衛生面で信用していないのと、給料が下がってしまうのと、インドに戻ってもヒンディー語を上手く(現地で生まれ育ったネイティブ・スピーカー並みには)操れないのでお役目御免になってしまう。そんな状態は嫌だという。

私はそれを言われた通りに信じてきたんだけど。

もしかしたら彼女は、自文化をインドと謳えた義理などないと、ある種の困惑をずっと抱えているのかもしれない。自身のアイデンティティを構成しうるインド文化を認知しつつ、そこに対する愛着の軽薄さのギャップに気づいているんだろう。だから伝統的なインド文化の象徴である実家の期待に応えることができず、後ろ髪を引かれているのかもしれない。

あくまでも3年間同僚かつ友人を続けてきた私の勝手な推測だけどね。彼女と時を過ごしていると、そんなことを思う。

人は異文化にさらされたとき、自分という存在を定義することに躍起になる。私含め海外在住になった日本人が、今まで固執していなかった日本文化に対して突然に愛着を感じるのもこの類だ。大抵は自分の生まれ育った国に「自己肯定感」を求めるのだろう。でもプリーシャのように、生まれ育った国が多岐にわたっていたらどうだろう。この先、彼女が本当の意味で心の拠り所とすることができる文化は現れるのだろうか。

同じ境遇を共有していない自分には彼女の話を聞くくらいしかできないけど、シンガポールを去っても一緒に香港旅行したりチャットをしたりしているから、私の役割は多分これで良いのだろう。今はただ、彼女の幸せを願う。

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